東日本大震災と家族
2011年 03月 16日
こんにちは。この週末は、大震災で大変な週末でしたね。流れるニュースで大津波後の街の様子や、ご家族を探す様子を目にする都度、胸が痛みます。
私自身も、実家が栃木県で、鳥肌の立つ思いをしました。
地震発生時、私は広島の事務所でパソコンに向かっていて、小さいけれどとても長い揺れを感じました。あわててネットを見ると、地震速報で栃木県も、震度6強。
早速実家や、弟の携帯に電話をかけたのですが、つながらず、夕方、弟からドコモの災害伝言板メールがきて、やっと無事を確認することができました。そして、電話がつながったのは、夜11時前。ようやく母と会話することができ、詳しく状況を知ることができました。
私の生まれ育ったところは、もともと、地震が多く、小学生のときから防災訓練は地震の避難訓練をするという地域ですが、これまでに経験したことのないゆれの大きさで、立つこともできずただただ収まるのを待つしかない時間だったそうです。今朝方の電話でも、震度3程度の余震はずっと続いているとの話でした。またお店では、パンなど、調理することなく口にすることができる食品はうりきれているそうで、今日から始まる計画停電に不安を感じているようでもありましたが、
「宮城や、岩手、福島では、生きるか死ぬか、大変なことになっているんだから、家族が無事だった私達は、できるだけの我慢をして、協力しなければならない」
との決意を、母は口にしていました。
確かにそうです。次いつ大きな地震がくるのか、余震がいつまで続くのかは分かりませんが、その備えをしつつ、被災地への思いやりのこころを国民がもてば、復興も早くできるに違いありません。
ただただ、これ以上被害が広がることがないことを祈るばかりです。
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7人の司法書士があなたの相談にお答えします。
私自身も、実家が栃木県で、鳥肌の立つ思いをしました。
地震発生時、私は広島の事務所でパソコンに向かっていて、小さいけれどとても長い揺れを感じました。あわててネットを見ると、地震速報で栃木県も、震度6強。
早速実家や、弟の携帯に電話をかけたのですが、つながらず、夕方、弟からドコモの災害伝言板メールがきて、やっと無事を確認することができました。そして、電話がつながったのは、夜11時前。ようやく母と会話することができ、詳しく状況を知ることができました。
私の生まれ育ったところは、もともと、地震が多く、小学生のときから防災訓練は地震の避難訓練をするという地域ですが、これまでに経験したことのないゆれの大きさで、立つこともできずただただ収まるのを待つしかない時間だったそうです。今朝方の電話でも、震度3程度の余震はずっと続いているとの話でした。またお店では、パンなど、調理することなく口にすることができる食品はうりきれているそうで、今日から始まる計画停電に不安を感じているようでもありましたが、
「宮城や、岩手、福島では、生きるか死ぬか、大変なことになっているんだから、家族が無事だった私達は、できるだけの我慢をして、協力しなければならない」
との決意を、母は口にしていました。
確かにそうです。次いつ大きな地震がくるのか、余震がいつまで続くのかは分かりませんが、その備えをしつつ、被災地への思いやりのこころを国民がもてば、復興も早くできるに違いありません。
ただただ、これ以上被害が広がることがないことを祈るばかりです。
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# by soly150808 | 2011-03-16 18:50





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